テニス部の活動は、結構ギャラリーが多かったりする。スカウトのため、偵察のため、ただ観戦したいため、あるいは目当ての選手を見るため・・・。その理由はいろいろあるだろうけど、とにかく人が多くて、どんな人が来てるかなんて、俺たちは気にすることもなく、毎日部活をしていた。

そんなある日、俺は1人の女子に目を奪われた。・・・挙句、ボールを打ち損ねて、その人の方へボールを飛ばしてしまった。


「赤也!何をしとる?!!」

「すんません!ボール、取って来ま〜すっ!」


俺は何かに急かされるように、ボールが飛んで行った方へ・・・・・・と言うよりも、その人の所へ向かった。


「あの・・・。こっちに、ボール飛んで来なかったっスか?」

「これ?」

「どうもっス!・・・って、当たったりしてないっスか?!」

「うん、大丈夫。心配してくれて、ありがとう。」


その笑顔に、俺はすげぇ惹かれてしまって・・・。この人のことがもっと知りたくなってしまった。


「俺は、2年の切原赤也っス!」

「・・・私は・・・・・・3年の。」

先輩は、テニスが好きなんスか?」

「ん?・・・うん、そうだね。」

「明日も見に来ます?」

「時間があれば、そうすると思うよ。」

「そんときは、俺の応援、よろしくっス!」

「わかった。頑張ってね、切原くん。」


これだけしか喋ってないっていうのに、俺がコートに戻ると、真田副部長に遅いと怒られた。危なかったから、ちゃんと謝ってたんスよ!って言うと、渋々納得していた。別に、サボる気は無いっての。そう、本当にサボる気は全く無かった。ただ、先輩と少しでも話したいと思っただけだ。

そんな先輩は、次の日も本当に見に来てくれた。俺に気付くと、先輩はニッコリと笑ってくれたから、俺も笑顔で手を振った。
その日、先輩が1人で帰っているのを見かけた俺は、早速声をかけた。


先輩!」

「あ、切原くん。・・・部活、お疲れ様。」

「ういっス!・・・先輩、今から帰るんスよね?よければ、一緒に帰りません?」

「・・・切原くんがいいのなら、いいけど。」

「んじゃ、帰りましょ!」


若干、強制的なようにも見えるけど、先輩も嫌そうにはしていなかったし、俺は先輩の隣に並んだ。



それからも、部活が終わると、俺は先輩を探し、一緒に帰る日々が多くなっていった。
そして、いつしか、一緒に帰ることがごく自然なことになっていた。


「先輩。今更っスけど・・・俺のことは、赤也でいいっスよ?その方が呼ばれなれてますし。」

「いいの?」

「ぜんぜん!でも、その代わり、先輩のことも、先輩って呼ばせてもらっていいっスか?」

「いいよ。じゃ、私も赤也くんで。」


そう言って笑った先輩を見て、俺は先輩が好きなんだって思った。・・・いや、本当はかなり前から気付いてたけど。でも、あらためて、俺は先輩が好きだって思った。
じゃあ、先輩はどう思ってるのか?それを俺は確かめたくて、ちょっと鎌をかけた。


先輩って、本当にテニスが好きで見に来てたんスか?」

「突然、何の質問?」


先輩は少し笑いながら答えたから、やっぱり違うんだってわかった。


「誰かを見に来てるんスよね?」

「ハハハ・・・。やっぱり、わかっちゃう?」


ほら、やっぱり。こんなことまで話せるほど、俺たちは仲良くなったんだ。だから・・・期待してもいいっスよね?


「もしかして、俺・・・とか?」

「そうそう。・・・なんてね。それは秘密。」

「教えてくださいよー。俺と先輩の仲じゃないっスかー!」

「う〜ん・・・。まぁ、赤也くんには話してもいいと思ってるんだけどね。・・・内緒にしてくれる?」

「もちろん!俺たち2人だけの秘密ってことで!」


少し照れながら話す先輩に、俺の期待は高まって・・・。本当は、周りに言いたいような気もするけど、先輩が隠したいなら、こっそり付き合うってのも面白いかもしれないし。・・・なんて、妄想が膨らむばかりだった。
だから・・・それ以外のことは、考えてなかった。


「わかった。実は・・・・・・仁王くんが好き・・・なんだよね。」

「え・・・。仁王先輩・・・っスか?」

「うん。本当、内緒だよ〜・・・!!」


先輩は、さっきよりも恥ずかしそうにしていて。それが嘘ではないんだとわかった。だけど・・・、俺は信じたくなかった。


「マジっスか・・・?」

「うん。本当。まだ誰にも言ってないけど。だから、赤也くんは特別だよ〜?」


違う。俺は、そんな意味で特別になりたいんじゃない。俺は・・・。


「赤也くんは、好きな人とかいないの?」

「・・・・・・いないっス。」

「まぁ、そうだよね。いたら、私なんかと帰ってくれないもんね?」


そうっスよ。俺は先輩のことが好きだから、一緒に帰りたかったし、もっと知りたかった。・・・だからと言って、先輩が仁王先輩のことを好きだなんてことは知りたくなかった。


「それにテニス部の人たちは、部活が大変だもんねぇ・・・。恋愛なんてしてる暇ないでしょ?」

「・・・・・・そうっスね。」

「やっぱり?・・・ってことは、仁王くんへの望みも薄いかなー・・・。」


そうなんじゃないんスか。・・・って言いたかったけど、あまりに先輩が悲しそうな顔をするから、何も言えなかった。だけど、俺の方が・・・もっと望みが無くなってるんだ。


「それに、仁王くんとは去年、同じクラスだっただけだから・・・。私のこと覚えてくれてるかも、わかんないし・・・。」


それでも。先輩が辛そうにしているのは見たくなかった。


「確かめてみます?」

「・・・どうやって?」

「俺がそれとなく聞いてみますよ。」

「本当?!協力してくれるの?ありがとー!!赤也くん、大好きー!!」


そんな薄っぺらい『大好き』なんて言葉は欲しくない。・・・なのに、心のどこかで、少しだけ喜んでいる自分も居た。



仁王先輩は、先輩のことを覚えているだろうか?覚えてなければ、きっと先輩はまた悲しむ。そんな顔は見たくない。・・・だけど、できれば仁王先輩には忘れていてほしいと思う。


「仁王先輩。あそこに居る人・・・見えます?」

「ん?・・・・・・あぁ、か?」


部活中、コートの外にいた先輩の姿を見とめると、仁王先輩はあっさりとその名を口にした。
俺は、少し悔しく思いながらも、話を続けた。


「・・・先輩たち、去年同じクラスだったんスか?」

「あぁ、そうじゃけど。なんで、赤也がそんなこと知っとるんじゃ?」

先輩に、2年の頃の話を聞かせてもらって・・・。で、仁王先輩と同じクラスだったってことも教えてもらったんスよ。」

「そういえば、最近、赤也はと仲良くなっとったなぁ?・・・付き合ってんのか?」


いつものように、俺をからかおうとした仁王先輩だったけど、言い方がいつもとほんの少し違う気がした。・・・・・・嫌な予感がする。


「そうだとしたら、どうなんスか?」

「ん?・・・いや。別に・・・何でも無かよ。」


詐欺師と呼ばれている先輩。そんな先輩が、はっきりと自分の気持ちを出すわけはなかったけど、やっぱり俺には、いつもと違って見えた。
だけど、俺は、それに気付いていないふりをした。


「ま、実際、付き合ってないっスけどね。」

「・・・そうか。」


明らかに安堵している仁王先輩に、俺は何も言わず、練習に戻った。
・・・おそらく。仁王先輩も、きっと先輩のことを好きなんだろう。だけど、それを先輩には言わない。だって、まだハッキリと聞いたわけじゃねぇから。証拠が無いし。・・・それに。俺が言いたくないし。
と思いつつ、やっぱり、先輩には笑顔でいてほしくて。そして、先輩が1番笑顔になってくれんのは・・・。


先輩、お待たせしました!」

「ううん、大丈夫だよ。お疲れ様。」

「・・・先輩。今日、仁王先輩に、先輩のこと聞いてみましたよ?」

「えぇ?!嘘・・・。お、覚えてくれてた・・・?」

「俺が、先輩を指して、『あそこに居る人、見えますか?』って聞いたら、普通に『?』って。で、まぁ、『先輩から2年の思い出を聞いて、クラスが一緒って聞いたんで』って、仁王先輩には説明しときました。」

「あ、ありがとう・・・!!本当、嬉しい!ありがとう、赤也くん・・・!!」


そう、やっぱり、仁王先輩の話題で。きっと、本人がいたなら、もっと先輩は喜ぶんだろう。


「赤也。」


ふと、後ろから名前を呼ばれた。・・・本人がいたなら、なんて心で考えたのが、いけなかったか。
振り返ると、そこには予想通り、仁王先輩がいて。横にいた先輩も、仁王先輩の声を聞いただけで、体が固まっていた。


・・・なんか、久しぶりじゃな。」

「仁王くん・・・。うん、そうだね・・・!」


あぁ・・・。今の俺、ただの邪魔者だ。・・・・・・それに。俺自身も、こんな2人を見たくない。


「じゃ、俺、帰りますんで。」

「えぇ?!赤也くん、一緒に帰らないの?!」

「悪い・・・。俺が邪魔したかのう。」

「えぇ?!ううん!!そんなことないよ、仁王くん!!えぇっと・・・ほら!3人で帰ろうよ、ね!」


先輩は、どうやら仁王先輩と2人きりで帰る勇気が無いらしい。・・・本当、俺の気持ちも考えてほしい。だけど、2人きりにさせたくないとも思うわけで。


「俺はいいっスけど。」

「俺も構わんよ。」

「じゃ、一緒に帰ろう?」


2人とも、照れがある所為か、必ず俺を挟んで話を進めていた。それが窮屈に感じることもあったけど、俺だって先輩が好きだし。仁王先輩のことも嫌いじゃないから、それなりに楽しく3人で帰れた。
・・・あくまで、「それなりに」だけど。完全に楽しいってわけじゃなかった。


「赤也くんとは、ここで別れるんだけど・・・。仁王くんって、どっちの道?」

「俺はこっちじゃよ。」

「じゃ、私と一緒だ!」


・・・・・・って、結局2人になんのかよ。じゃあ、最初から俺を巻き込むなっての。


「それじゃ、赤也くん。また明日〜!」

「じゃあな、赤也。」

「うい〜っス。」


俺はさっさと2人から離れて、家へと向かった。途中、転がっていた石を思い切り蹴飛ばしてやった。



次の日。俺はいつも以上に朝のダルさを感じながら、朝練に向かった。気分が全然晴れねぇ。
そんな俺が、今日1番に出会ったのが仁王先輩で。・・・俺、ついてねぇよなぁ。


「赤也。昨日は、すまんかったな。」

「何がっスか?別に3人で帰っただけじゃないっスか。」

「いやぁ・・・。まぁ、そうじゃな。それに・・・謝るより、礼を言う方が正しいのかもしれんし。」


・・・あ〜ぁ、また嫌な感じ。


「あの後、俺から告白して、付き合うことになったんじゃ。」


ほら、やっぱり。俺にとっては、聞きたくも無い話だった。


「今まで、赤也には相談させてもらってた、ってから聞いてのう。・・・まぁ、これからは、その必要も無くなるようにするつもりじゃが。」

「要は、もう先輩たちの邪魔をするなってことっスね?」

「そうは言っとらんけど。そうなるかもしれんのう。」


俺が冗談っぽく言うと、仁王先輩も同じように返した。・・・けど、それはきっと本音なんだ。もう先輩に関わってほしくないと言いたいんだ。


「わかったっスよ。これからは、どうぞ2人で帰ってください。」


・・・どうせ、俺の気持ちが先輩に届くことはないんだ。それなら、俺だってもう先輩に関わりたくない。早く諦めたいから。

そう思っているのに。放課後、部活が終わって帰ろうとしたら、仁王先輩を待っている先輩の姿を見つけてしまった。・・・まぁ、俺も仁王先輩も帰る時間はほとんど同じだから仕方がない。
それを俺が無視できれば問題は無かった。けど、俺は思わず、先輩に見惚れてしまった。・・・だって、あまりに綺麗だったから。俺なんかじゃなくて、大好きな仁王先輩を待っている先輩は、とても幸せそうな表情をしていて。でも、少し照れた様子もあって。・・・俺は、先輩にこんな顔をさせてあげられない。


「あ、赤也くん!」


そんなことを考えて、ボーッとしてしまっていた俺は、まんまと先輩に見つかってしまった。


「ういっス。・・・仁王先輩なら、もうすぐ来るはずっスよ。」

「うん・・・ありがとう。」

「それじゃ。」

「えっ?赤也くん、帰っちゃうの?一緒に帰らないの?」

「・・・・・・そりゃ、そうでしょ。俺は、先輩たちの邪魔をするつもりはないんで。」

「邪魔なんかじゃないのにー。・・・でも、赤也くんがせっかくそう言ってくれたから、2人で帰ります!だけど、これからも仲良くしてね?」


諦めたいのに。もっと距離を置きたいのに。先輩は、俺の気持ちも知らないで・・・。
でも、正直、先輩と離れることも辛く思う。


「付き合った後でも、悩みはあるかもしれないっしょ?そんときは、俺が話聞きますよ。」

「本当?ありがとう!赤也くんも、相談があったら何でも言ってね!」


結局、俺はそんな返しをして、帰ってきた。



それから、本当に2人は仲良く一緒に帰っていて、俺が入る隙など無くなっていった。・・・これで良かったはずなのに。そんな2人を見ると、なぜか、息苦しい気分になる。

なぜか、なんて理由がわからないわけがない。俺は、やっぱり先輩を簡単に諦めることができないんだ。
馬鹿みてぇだと自嘲しながら、部活を終えた俺は、校門へ向かって歩いていた。そして、いつも通りに先輩の姿を見つけては、無視もできずに、先輩の前を通った。


「あ、赤也くん。お疲れ様!」

「どうもっス。」

「また明日も頑張ってね。」

「ういっス!そんじゃ、また。」

「うん、バイバイ!また明日〜。」


また明日も会えると楽しみにしている自分がいるのもわかる。それでいて、それに気付くと辛くなる。
本当、まだまだ子供だ。
自分の好きな人の隣に誰がいようと、その人が幸せなら、それでいい。・・・そんな考えだってできるわけがない。だから・・・、しばらくは・・・このまま好きでいさせてください。













 

今回は、ずっと書きたいと思っていたことを書きました!
それは・・・。『好きな人を待っている人は綺麗だ』というシーンです。しかも、これは、あくまで待っている人に片思いをしている相手が思わなければならなかったので、こういう話になりました!

実はこの話、T.M.Revolutionの「Burnin' X'mas」という歌を参考にしています。この歌の「ただずっと君を見ていた 誰か待つ綺麗な横顔さえ」という部分を聴くと、すごく切なくなって・・・。それに、恋をしてる人って綺麗になるって言うし、本当にそう見えるのかなぁ、などと考えると余計に・・・!
そんな感じで、この話が出来ましたー!・・・ってか、前回(切原夢「Monopolize」)に引き続き、T.M.Revolutionの歌が影響って言うのは、ただの偶然です!そして、西川さんが大好きです(笑)。

('08/06/13)